【ウイスキー豆知識③】誰かに話したくなる12選|猫・ガチョウ・南極

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ウイスキー豆知識③ 誰かに話したくなる12選(黒板の絵) ウイスキーの基礎知識

誰かに話したくなるウイスキーの豆知識、第3弾や。

ネズミ捕りの世界記録を持つ、蒸溜所の猫。ウイスキーの倉庫の番をした、ガチョウの群れ。南極の小屋の床下で、100年近く眠っとったウイスキー。

第1弾(宇宙・禁酒法・ルパン三世)、第2弾(プール・七面鳥・リンゴジュース)と同じく、スコッチもジャパニーズも、アメリカもカナダもアイルランドもごちゃまぜの12個。今夜の一杯の肴にどうぞ。

1. グレンタレット|ネズミを2万9000匹近く捕まえた、記録破りの猫

スコットランドのグレンタレット蒸溜所には、ネズミを捕まえた数でギネス世界記録に載った猫がおった。

名前はタウザー。毛の長いメスのサビ猫で、1963年からこの蒸溜所で働いた。

ウイスキーの蒸溜所には、原料の大麦がどっさり置いてある。その大麦を狙って寄ってくるネズミを捕まえるのが、タウザーの仕事やった。

タウザーは24歳の手前まで長生きして、1987年まで現役。そのあいだに捕まえたネズミは、約2万8899匹。1日にならすと、3匹を超える。

この数は、ギネスの係の人が何日かタウザーの仕事ぶりを見て、そこから一生ぶんを計算したものや。

蒸溜所には、いまもタウザーの銅像が立っとる。ちなみに、あとを継いだ猫のアンバーは、ネズミを1匹も捕まえんかったと言われとる。

名人のあとを継ぐのは、猫の世界でも大変なんやな。

▶ グレンタレットがあるハイランド地方の話はハイランドの解説へ

2. トリス|懸賞の1等はハワイ旅行。けど、行ったのは100人のうち4人

1961年、寿屋(いまのサントリー)が、トリスウイスキーで大きな懸賞を始めた。キャッチコピーは「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」。考えたのは、寿屋の宣伝部でコピーを書いとった山口瞳。のちに作家として知られる人や。

トリスの瓶には抽選券が入っとって、1等の100人はハワイへ行ける、という懸賞や。

ところが当時の日本は、まだ海外旅行が自由化されてへん。ふつうの人が、遊びで海外へ行くことはできへん時代やった。

そこで1等の賞品は、旅行そのものやなく「ハワイ旅行積立預金証書」。毎月、旅行のためのお金が積み立てられていって、自由化されたらハワイへ行ける、という仕組みや。

1964年4月、待ちに待った海外旅行の自由化がやってきた。

ところが、ハワイへ旅立ったのは、100人のうちたった4人。

ほとんどの人は行かずに、証書を40万円ほどの現金に替えた。

海外旅行が夢やった時代の、夢の懸賞。けど、海の向こうのハワイより、目の前の現金を選んだ人のほうが、ずっと多かった。

▶ このブランドの定番の1本:トリスウイスキーのレビュー

3. カナディアンクラブ|世界のどこかに、いまもケースが眠っとる

カナダのウイスキーの代表格、カナディアンクラブ。1967年、このブランドが桁外れの宣伝を始めた。その名も「ハイド・ア・ケース」。ケース(箱)を隠す、という意味や。

やり方は、こんな具合。

  1. カナディアンクラブのケースを、世界の思いもよらん場所に隠す
  2. 雑誌の広告に、隠し場所のヒントを載せる
  3. 広告を読んだ人が、ヒントを頼りに探しに行く

最初にケースを隠した場所は、アフリカのキリマンジャロ山と、南米ベネズエラのエンジェルフォール(世界でいちばん落差の大きい滝)。エンジェルフォールのケースは、新婚旅行で来とった人が見つけた。キリマンジャロのほうは、1970年代に遠征中の記者が見つけとる。

ニューヨークの高層ビルに隠したケースもあれば、北極のほうに置いてきて、もう見つからんやろと言われとるケースもある。

隠したケースは20個を超える。半分以上は見つかったけど、いまも見つかってへんケースが、まだいくつか残っとる。

そのひとつが、ニューヨーク州の山あいの町、レークプラシッド。1980年の冬のオリンピックを前に、1979年に埋めたケースや。2020年には探しに行った人らが15時間掘ったけど、出てこんかった。

50年以上前のウイスキーの宣伝が、いまも宝探しとして続いとる。

▶ このブランドの定番の1本:カナディアンクラブ 1858のレビュー

4. バランタイン|倉庫の番をしとったのは、ガチョウの群れ

バランタインの原酒を寝かせる倉庫は、スコットランドのダンバートンという町にある。1959年、その倉庫に、ちょっと変わった警備員がやってきた。ガチョウの群れや。

ガチョウに番をさせようと言い出したのは、倉庫を受け持っとった技術者。番犬より安うつく、というのが理由やった。

ガチョウは耳も目もよくて、縄張り意識が強い。知らん人が近づいたら、大きな声で鳴き立てる。しかも、エサは倉庫のまわりの草と、蒸溜所から出る穀物でまかなえる。

最初にやってきた警備員は、たった6羽。そこから数が増えて、多いときには100羽を超える大所帯になった。

ガチョウたちは「スコッチ・ウォッチ(スコッチの見張り番)」と呼ばれて、バランタインの広告にも登場した。見張りの仕事は、2012年まで50年あまり続いたんや。最後は防犯カメラに仕事をゆずって、引退した。

ちなみに、ガチョウがやってきたころのバランタインの持ち主は、3番のカナディアンクラブと同じ、カナダのハイラム・ウォーカーのグループ。

宝探しの宣伝に、ガチョウの警備員。この会社、思いつくことがいちいち楽しいな。

▶ このブランドの定番の1本:バランタイン ファイネストのレビュー

🗣️ マッサンの一言

カナディアンクラブのケース、いまも世界のどこかにいくつか眠っとるんやで。いつか「見つかった!」というニュースが出たら、見つけた人がその1本をどうしたか、ぜひ聞いてみたいわ。

5. イチローズモルト|閉じた蒸溜所の400の樽から、トランプのラベルが生まれた

いまや世界中から注目される、秩父のイチローズモルト。その始まりには、処分されかけた約400の樽があった。

埼玉県の羽生市にあった羽生蒸溜所は、ウイスキーの売れへん時代が続いて、2000年を最後に造りが止まった。2004年には、蒸溜所を営んどった酒造会社が、よその会社に売られることになった。

会社を買い取ったほうは、樽の引き取り手が見つからんかったら、原酒を処分するつもりやった。

そこで動いたのが、その酒造会社の一家に生まれた肥土伊知郎(あくと いちろう)さん。残っとった約400の樽を自分で引き取って、福島県の笹の川酒造の協力で、そこの倉庫に置かせてもらった。

その樽から生まれたのが、トランプのカードをラベルにした「カードシリーズ」。肥土さんが2005年から少しずつ出していって、2014年のジョーカーで完成した。

本数は、トランプと同じ54本。ハートやスペードなどの52枚に、ジョーカー2枚や。54本そろいのセットは、2020年に香港のオークションで150万ドルを超える値段がついとる。

2008年には、肥土さんの秩父蒸溜所でウイスキー造りが始まった。処分されかけた400の樽が、いまのイチローズモルトの出発点や。

▶ この蒸溜所の定番の1本:イチローズモルト 秩父 ダブルディスティラリーズのレビュー

6. フォアローゼズ|アメリカ生まれのバーボンが、アメリカで売られなくなった理由

赤いバラのラベルでおなじみのバーボン、フォアローゼズ。

1943年、カナダの酒造会社シーグラムが、このブランドを買い取った。

ところが1950年代の終わり、シーグラムはアメリカでフォアローゼズのバーボンを売るのをやめてしまう。自社の主力商品やったブレンデッドウイスキーに力を入れるためや。

そのかわり、アメリカでは「フォアローゼズ」の名前を付けたブレンデッドウイスキーを販売。バーボンとは別もんで、格下のウイスキーと見られとったんや。

一方、本来のバーボンのフォアローゼズは、ヨーロッパやアジアで売られて大人気に。同じ名前でも、アメリカと海外では売られとるウイスキーが違ったんやな。

この状況が変わったのは2002年。日本のキリンがブランドを買い取り、ブレンデッドの販売を終了。バーボンだけに絞ったんや。

こうして、フォアローゼズのバーボンがアメリカでも再び売られるようになった。

アメリカ生まれのバーボンを、日本の会社がふるさとへ帰したんやな。

▶ バーボンの決まりや代表銘柄はバーボンの解説へ

7. シャクルトンのウイスキー|南極の小屋の床下で、100年近く眠っとった

イギリスの探検家、アーネスト・シャクルトン。南極探検で、南極点まであと180kmほどのところまでたどり着いた人や。1909年1月、そこから引き返した。

その探検の基地が、南極のロイズ岬に建てた小屋。隊が持ちこんだ物資の中に、スコッチウイスキー「マッキンレー」の木箱があった。隊は1909年に小屋を引き上げるとき、その木箱を置いていった。

それから100年近くたった2006年。小屋を保存しとるニュージーランドの団体の人らが、床下の氷の中にウイスキーの木箱を見つけた。

凍りついた木箱をようやく取り出せたのは2010年。中の瓶は、割れずに無事やった。

その後、瓶の一部がスコットランドへ運ばれて、中身が調べられた。度数は47%ほど。南極の寒さでも凍らへんかったんは、この度数のおかげと考えられとる。

当時のスコッチは煙たい味が主流やと思われとったけど、中身は思ったより軽やかで、煙はほんのりやったんやって。

その結果をもとに、スコッチの会社ホワイト&マッカイのブレンダー、リチャード・パターソンが、中身をそっくり再現したウイスキー「マッキンレーズ・レア・オールド・ハイランド・モルト」を造った。売り上げの一部は、小屋を守る活動に使われとる。元の瓶は、2013年に南極へ帰された。

南極の氷が、100年前のウイスキーを冷やしたまま、ずっと守り続けとった。

8. タラモアデュー|「デュー」は朝露やなく、人の名前の頭文字

アイルランドのウイスキー、タラモアデュー。「デュー(dew)」は英語で露のこと。朝露みたいな、さわやかな名前やなと思うやろ?

ところがラベルをよう見ると、「D.E.W.」と、文字のあいだに点が打ってある。これは、人の名前の頭文字なんや。

その人は、ダニエル・エドモンド・ウィリアムズ。15歳のとき、アイルランドのタラモアという町の蒸溜所に、馬の世話係として入った。

そこから働きぶりを認められて、10年ほどで蒸溜所を任される立場に。

馬の世話から始めた少年の頭文字が、いまでは世界中の瓶に入っとる。

乾杯のときに「デューって、露やないねんで」と言うたら、ちょっと話が盛り上がりそうや。

▶ アイルランドのウイスキーの話はアイリッシュウイスキーの解説へ

🗣️ マッサンの一言

ワイは、6番のフォアローゼズの話にちょっと胸が熱なったわ。海の向こうで愛されとったバーボンを、日本の会社がふるさとのアメリカへ帰した。次にフォアローゼズを見かけたら、赤いバラのラベルがちょっと誇らしく見えそうや。

9. ペリーの黒船|日本とウイスキーの出会いは、黒船の上やった

1853年、アメリカのペリーが4隻の黒船を率いて、浦賀(いまの神奈川県横須賀市)の沖にやってきた。日本に開国を迫るためや。

黒船には、スコッチもアメリカのウイスキーも積んであった。浦賀に来る前に寄った琉球王国(いまの沖縄県。当時は日本とは別の国)でも、王国の役人を船に招いて、そのウイスキーをふるまっとる。

浦賀では、交渉のために船へ上がった浦賀奉行所の役人、香山栄左衛門(かやま えいざえもん)が、船の中でウイスキーをふるまわれた。これが、日本人がウイスキーを飲んだいちばん古い記録と言われとる。

次の年の1854年、ペリーはふたたびやってきて、横浜で幕府にたくさんの贈り物を渡した。その中には、蒸気機関車の模型と並んで、ウイスキーの樽もあったんや。

その年の3月には日米和親条約が結ばれて、日本は下田と函館の2つの港を開くことになった。

開国を迫りにきた船が、日本にウイスキーを運んできたんやな。ひょっとしたら、黒船のウイスキーも、話し合いをちょっとだけ後押ししたんやろか。

▶ 日本のウイスキーの歩みはジャパニーズウイスキーの解説へ

10. デュワーズ|1897年、ニューヨークのビルの屋上に、動く広告を映し出した

スコッチのブレンデッド、デュワーズ。このブランドを世界に広めたトミー・デュワーは、宣伝のやり方がひと味ちがった。

1897年、デュワーズは動く映像を使った広告を作った。キルトを着た男たちが、「デュワーズ」の文字の前で踊る、短い映像や。

映像は、ニューヨークのヘラルド・スクエアに建つビルの屋上に映し出された。道行く人が見上げて、通りの行き来が止まるほどやったそうや。

デュワーズは、これを「お酒の映像広告としては世界で最初」と言うとる。

リュミエール兄弟が、はじめて人前で映画を上映したのが1895年。そのたった2年後に、ウイスキーの宣伝に映像を使うとった。

いまでこそ動画の広告は当たり前やけど、それを120年以上前にやっとったんやな。

▶ このブランドの定番の1本:デュワーズ ホワイトラベルのレビュー

11. モンキーショルダー|名前は、麦芽職人の肩のこと

ボトルの肩に、3匹の猿がくっついとるウイスキー、モンキーショルダー。名前をそのまま訳すと「猿の肩」や。

造っとるのは、スコットランドのウィリアム・グラント&サンズ。自分とこのグレンフィディック・バルヴェニー・キニンヴィ、3つの蒸溜所のモルトを混ぜて生まれたブレンデッドモルト(※1)や。

(※1)ブレンデッドモルト=いくつかの蒸溜所のモルトウイスキーだけを混ぜたもの。グレーンウイスキーは入れへん

この名前のもとは、麦芽職人の職業病の呼び名。

昔の蒸溜所では、水を吸わせて芽を出させた大麦を床いっぱいに広げて、職人が木のシャベルで何度もひっくり返しとった。これが、昔ながらの麦芽づくり「フロアモルティング」。

来る日も来る日もシャベルを振るうから、片方の腕が下がったままになる職人がおった。その姿が猿みたいやというので、「モンキーショルダー」と呼ばれたんや。

いまは機械化が進んで、この仕事を手でやる蒸溜所は少なくなった。モンキーショルダーという名前に、昔の麦芽職人の苦労が残っとる。

▶ ブレンデッドモルトの話はブレンデッドモルトの解説へ

12. なんでスコッチには「グレン◯◯」がこんなにあるん?

グレンフィディック、グレンリベット、グレンモーレンジィ、グレンファークラス。スコッチの蒸溜所には、「グレン」で始まる名前がやたらとある。

スコットランドでいま動いとるモルトウイスキーの蒸溜所のうち、名前が「グレン」で始まるのは20か所を超える。

「グレン」は、スコットランドのゲール語で「谷」のこと。後ろには、その谷を流れる川の名前が入っとることがある。

グレンリベットは、リベット川が流れる谷。グレンキンチーは、キンチー川。1番のネズミ捕りの猫がおったグレンタレットも、タレット川のほとりの蒸溜所や。

ウイスキー造りには、仕込みにも冷やすのにも、きれいな水がたっぷり要る。川の流れる谷は、蒸溜所を建てるのにうってつけの場所やった。

それに昔は、山あいの谷がかくれ家にもなった。1823年に法律が変わるころまで、スコットランドの山奥では密造(税金を払わんとウイスキーを造ること)が盛んやった。

役人に見つかりにくい山あいの谷に、小さな蒸留器を隠して造っとったんや。

グレンフィディックは、蒸溜所が「鹿の谷」と説明しとる。ボトルの鹿のマークは、この名前から来とるんや。

次にグレンフィディックのボトルを見かけたら、鹿のマークにも目をとめてみてな。あの鹿には、ちゃんと名前のいわれがあるで。

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📰 当サイトのガイド記事:ウイスキーを安く買う方法|5大通販ショップの賢い選び方

まとめ|いつもの1本が、ちょっとちがって見えてくる

デューは人の名前、モンキーショルダーは職人の肩、グレンフィディックの鹿は谷の名前。ふだん何気なく見とる名前やラベルにも、ちゃんといわれがある。

次にバランタインやフォアローゼズを見かけたら、ガチョウの見張り番や、海を渡ったバーボンの話も思い出してみてな。いつもの1本が、ちょっとちがって見えるかもしれん。

シリーズ④でも、また誰かに話したくなる話を12個集めてくるで。

🗣️ マッサンの一言

ワイが今回いちばん人に話したいのは、1番のタウザーやな。「ネズミを2万9000匹近く捕まえた猫がおってな」って、これだけで話が始まりそうや。みんなは、この12個のうち、どの話がいちばん気になった?

🥃 話のタネになるウイスキーを手に入れる

豆知識を肴に、まずは小さいボトルで飲みくらべ

公式情報・参考リンク

📰 蒸溜所・メーカーの公式サイトと、参考にした記事

※内容は本記事執筆時点のもの。
最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

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