誰かに話したくなるウイスキーの豆知識、第4弾や。
26万本のウイスキーを積んで沈んだ船と、そこから運び出した島の人たち。アメリカの国防機関が見とった蒸溜所のカメラ。名前の由来が、なんと魔女の肌着というウイスキー。
ウイスキーの歴史には、思いもよらん話がまだまだあるんや。
今回もスコッチ、ジャパニーズ、バーボン、アイリッシュ、台湾まで、12個の豆知識を集めたで。
今夜の一杯の肴に、気になる話から読んでみてな。
- 1. ポリティシャン号|沈んだ船にウイスキーが26万本!
- 2. サントリー白札|日本初の本格ウイスキーは「焦げ臭い」と不評やった
- 3. アイリッシュコーヒー|飛行機が引き返したおかげで生まれたカクテル
- 4. ブルックラディ|蒸溜所のカメラを見とったのはアメリカの国防機関?
- 5. ジムビーム|70歳目前で蒸溜所を120日で建て直した男
- 6. カティサーク|名前の由来は、魔女の「短い肌着」やった!
- 7. ブラックニッカ|ヒゲのおじさんにはモデルがおった!
- 8. ラガヴーリン|45分間、黙ってウイスキーを飲むだけの動画がある
- 9. ダルモア|ボトルの鹿は、王さまを救ったごほうび
- 10. サントリーオールド|寿司屋と天ぷら屋を狙った「二本箸作戦」
- 11. カバラン|台湾の2年ものが、スコッチを飲み比べで破った!
- 12. なんでスコッチは3年以上寝かせなアカンの?
- まとめ|ウイスキーの話は、思いもよらんところにつながっとる
- 公式情報・参考リンク
1. ポリティシャン号|沈んだ船にウイスキーが26万本!
1941年、スコットランドの小さな島で、とんでもない騒ぎが起こった。
目の前の浅瀬に、ウイスキーを26万本以上積んだ貨物船が座礁したんや。
船の名前は「ポリティシャン号」。ジャマイカやアメリカへ向かう途中、嵐で航路を外れてしまった。
当時は第二次世界大戦の真っ最中。島の人たちは配給生活で、ウイスキーもなかなか手に入らへん。
そんなところへ、26万本ものウイスキーが目の前に現れた。
島の男たちは夜になると小舟を出して、船からウイスキーを運び出すようになったんや。
ところが、船の中は漏れた燃料の油と海水でいっぱい。ウイスキーを運び出すと、服が油まみれになってしまう。
それを税関の役人に見られたら、船に忍び込んだことがすぐにばれる。
そこで男たちが考えたのが、奥さんの古いワンピースを服の上から着ること。
油で汚れるのはワンピースだけ。脱いでしまえば、下の服はきれいなままというわけや。
もちろん、税関も黙ってへん。輸出用でイギリスの酒税が払われていないウイスキーやったから、警察と一緒に家々を捜索。逮捕されて刑務所に入った人もおった。
それでも、島の人らが運び出した推定2万4,000本の多くは、見つからへんかった。
この騒動は1947年に小説『ウイスキー・ガロア』になり、1949年には映画にもなっとる。
さらに1987年には、沈んだ船からウイスキーの瓶が見つかり、今でもオークションに登場することがあるんや。
戦争中の小さな島に、突然現れた26万本のウイスキー。
そら、島中が大騒ぎになるわな。
▶ スコッチの決まりや産地の話はスコッチの解説へ
2. サントリー白札|日本初の本格ウイスキーは「焦げ臭い」と不評やった
今では世界でも人気のジャパニーズウイスキー。
ところが、日本で最初に造られた本格ウイスキーは、あまり売れへんかったんや。
1929年4月1日、寿屋(現在のサントリー)が発売した「サントリーウヰスキー」。通称は「白札」。
造ったのは、日本初のモルトウイスキー蒸溜所として1924年に完成した山崎蒸溜所や。
当時、日本にはアルコールに香料やカラメルなどを加えた、ウイスキー風のお酒も出回っとった。
そんな時代に、スコットランドの造り方を学んで、本格的なウイスキーを完成させたんや。
ところが、お客さんの反応は厳しかった。
「焦げ臭い」
スコッチをお手本にした煙たい香りが、当時の日本人にはなじみのないものやったんやな。
この香りは、ピート(泥炭)を焚いて麦芽をいぶすことで生まれる。今ではスモーキーなウイスキーの魅力のひとつや。
その後、寿屋は日本人に好まれる味を研究。1937年に発売した「角瓶」が大ヒットした。
白札も1964年に「サントリーホワイト」と名前を変え、現在まで続いとる。ただし、中身は当時の白札から変わっとるで。
ちなみに、白札が発売された4月1日は「ジャパニーズウイスキーの日」に制定されとる。
「焦げ臭い」と言われたウイスキーの発売日が、いまや日本のウイスキーの記念日や。
▶ 日本のウイスキーの歩みはジャパニーズウイスキーの解説へ
3. アイリッシュコーヒー|飛行機が引き返したおかげで生まれたカクテル
ウイスキー入りの温かいコーヒーに、生クリームを浮かべた「アイリッシュコーヒー」。
実はこれ、悪天候で引き返してきた飛行機の乗客を温めるために生まれたカクテルなんや。
1943年の冬、アイルランドのフォインズという町から、ニューヨーク行きの飛行艇が出発した。
飛行艇というのは、水面から離着陸する飛行機のこと。当時は大西洋を渡る旅客便にも使われとったんや。
ところが、その日は天気が悪く、何時間も飛んだ末に引き返すことになった。
真冬の夜中に戻ってきた乗客たちは、すっかり体が冷え切っとる。
そこで呼ばれたのが、港のレストランのシェフ、ジョー・シェリダンや。
シェリダンは乗客を温めようと、コーヒーにアイリッシュウイスキーを加え、生クリームを浮かべて出した。
これを飲んだ乗客が尋ねた。
「これはブラジルのコーヒーですか?」
シェリダンはこう答えたんや。
「いいえ、アイリッシュコーヒーですよ」
これが名前の由来になったと言われとる。
その後、アメリカの新聞記者スタントン・デラプレーンが、このカクテルを気に入った。
アメリカへ帰った彼は、サンフランシスコの「ブエナビスタ・カフェ」の主人と一緒に作り方を詰めて、1952年に店で出し始めた。
これがすぐに店の名物になったんや。
しかも、考案者のシェリダン本人も、のちにアメリカへ渡ってこの店で働いとる。
飛行機が予定どおりニューヨークへ向かっとったら、アイリッシュコーヒーは生まれてへんかったかもしれんな。
▶ アイルランドのウイスキーの話はアイリッシュウイスキーの解説へ
4. ブルックラディ|蒸溜所のカメラを見とったのはアメリカの国防機関?
2003年、スコットランドのブルックラディ蒸溜所に、アメリカから不思議なメールが届いた。
「蒸溜所のウェブカメラが壊れていますよ」
当時、ブルックラディは蒸溜所の中をカメラで撮影し、インターネットで公開しとった。
そのカメラの1台が故障したところ、わざわざ知らせてくれた人がおったんや。
蒸溜所の社長マーク・レイニエがお礼を伝えると、相手からこんな返事が届いた。
「あなたの蒸溜所を見るのを、本当に楽しみにしています」
問題は、そのメールの署名や。
そこには「DTRA」と書かれとった。
DTRAとは、アメリカ国防総省の「国防脅威削減局」。核兵器や化学兵器などの脅威に対処する機関や。
なんでそんな機関が、ウイスキーの蒸溜所を見とるんや?
蒸溜所側が聞いた話では、ウイスキーの蒸溜設備は化学兵器を造る設備と似たところがあり、職員の訓練に使うとったという。
ただし、その後DTRAの広報担当者は、蒸溜所のカメラを業務として監視しとるわけやない、と説明しとる。
それでもブルックラディは、この話を面白がった。
なんと「WMD」という名前のウイスキーまで発売したんや。
WMDは「Weapons of Mass Destruction」、つまり大量破壊兵器の略やな。
蒸溜所に届いた1通のメールから、こんなウイスキーが生まれるとは。
ブルックラディも、なかなか洒落の分かる蒸溜所やで。
▶ この蒸溜所が造るオクトモアの話はオクトモア17シリーズのレビューへ
🗣️ マッサンの一言
ワイは、2番の白札の話にちょっとうれしなったわ。「焦げ臭い」と言われた香りが、今ではワイの大好物なんやからな。白札を造った人らに「100年後には、その煙たさを求めてウイスキーを買う人もおるで」って教えてあげたいわ。
5. ジムビーム|70歳目前で蒸溜所を120日で建て直した男
世界中で愛されとるバーボン、ジムビーム。
その名前のもとになったジム・ビームは、70歳目前にして、たった120日で蒸溜所を建て直した人物なんや。
ジムの家系は1795年からバーボン造りを続けとった。
ところが1920年、アメリカで禁酒法が始まる。お酒を造ることも売ることも禁止され、蒸溜所は動かせんようになった。
ジムも炭鉱や石切り場など、別の商売に挑戦したけど、うまくいかへんかった。
そして1933年、13年間続いた禁酒法がようやく終わる。
このときジムは、もう70歳目前やった。
しかも、以前の蒸溜所は手放してしもとる。
普通なら引退を考えてもおかしくない年齢やけど、ジムは違った。
ケンタッキー州クレアモントの古い蒸溜所を買い取り、家族や仲間と一緒に建て直したんや。
かかった日数は、たったの120日。
現在もジムビームは、このクレアモントの蒸溜所で造られとる。
13年間造れへんかったバーボンを、70歳目前で再び造り始める。
ジムにとって、バーボン造りは一生の仕事やったんやな。
▶ バーボンの決まりや代表銘柄はバーボンの解説へ
6. カティサーク|名前の由来は、魔女の「短い肌着」やった!
黄色いラベルに帆船が描かれたスコッチウイスキー「カティサーク」。
その名前をたどっていくと、なんと魔女の着とった短い肌着に行き着くんや。
話の始まりは、スコットランドの詩人ロバート・バーンズが書いた『タム・オ・シャンター』という詩。
主人公は、酒場帰りの農夫タム。
ある夜、馬に乗って帰る途中、教会の墓地で魔女たちが踊っとるのを見つける。
その中に、短い肌着を着た若い魔女ナニーがおった。
ナニーに見とれたタムは、思わず叫んでしまう。
「いいぞ、カティサーク!」
カティサークとは、スコットランドの古い言葉で「短い肌着」という意味なんや。
ところが、叫んだせいで魔女たちに見つかってしまう。
タムは慌てて馬を走らせ、魔女が渡れない川を目指した。
あと少しで川を渡れるというところで、ナニーが馬のしっぽをつかんだ!
しっぽは抜けてしまったけど、おかげでタムは無事に逃げ切れたんや。
そして1869年、この「カティサーク」という名前が、中国から紅茶を運ぶ快速帆船に付けられた。
さらに1923年、その帆船の名前を使ったウイスキーが誕生した。
つまり、名前の流れはこうや。
魔女の短い肌着 → 帆船カティサーク号 → ウイスキーのカティサーク
ちなみに不思議なのが、詩の中では魔女は水を渡れへんということ。
それなのに、海を渡る船に魔女の肌着の名前を付けたんやな。
なんでこの名前にしたんかは、はっきり分かってへん。
黄色いラベルの帆船の向こうに、こんな魔女の物語が隠れとったとは。
▶ ブレンデッドウイスキーの話はブレンデッドウイスキーの解説へ
7. ブラックニッカ|ヒゲのおじさんにはモデルがおった!
ブラックニッカのラベルでおなじみの、立派なヒゲのおじさん。
あの人物には「キング・オブ・ブレンダーズ」という名前があるんや。
意味は「ブレンドの王様」。
しかも、モデルになったと言われる人物が実際におったんやで。
その人物が、19世紀のイギリスで活躍したW・P・ローリー。
さまざまなウイスキーの香りや味を見極める、ブレンドの名人やったそうや。
ちなみに、ブラックニッカが最初に発売された1956年には、まだヒゲのおじさんは描かれてへんかった。
登場したのは1965年。
国産のカフェグレーンウイスキーを使った、新しいブラックニッカが発売されたときや。
カフェグレーンとは、カフェ式という連続式蒸溜機で造られるグレーンウイスキーのこと。モルトとは違う風味を持ち、ブレンドにも使われるんや。
ニッカの創業者、竹鶴政孝はスコットランドでウイスキー造りを学んだ人。
そのニッカの看板ボトルに、本場イギリスのブレンドの名人がモデルと言われるおじさんが描かれとる。
いつも見慣れたラベルにも、ちゃんと物語があるんやな。
▶ このブランドの定番の1本:ブラックニッカ スペシャルのレビュー
8. ラガヴーリン|45分間、黙ってウイスキーを飲むだけの動画がある
ウイスキーの宣伝動画と聞いたら、蒸溜所の景色や造り手の話を思い浮かべるやろ?
ところがラガヴーリンには、おじさんが暖炉の前で45分間、ただウイスキーを飲み続ける動画があるんや。
出演しとるのは、アメリカの俳優ニック・オファーマン。
テレビドラマ『パークス・アンド・レクリエーション』で、ラガヴーリン好きの無口な男、ロン・スワンソンを演じた人物や。
その縁で、オファーマン本人もラガヴーリンの宣伝に登場するようになった。
そして2015年12月、ちょっと変わった動画が公開されたんや。
暖炉の前に椅子を置いて、オファーマンが座る。
手にはラガヴーリン16年。
あとは、ひたすら飲む。
しゃべらへん。説明もせえへん。
そのまま45分間や。
実はこれ、アメリカの「ユール・ログ」というテレビ番組が元ネタ。
クリスマスに、暖炉の薪が燃える様子を延々と流す番組で、1966年に始まったものや。
動画は、その番組の49周年を記念して作られた。
ウイスキーを飲んどるだけの45分が、立派な宣伝になる。
ラガヴーリンらしい、なんとも贅沢な時間の使い方やな。
▶ この蒸溜所の定番の1本:ラガヴーリン16年のレビュー
🗣️ マッサンの一言
8番の暖炉の動画、家でゆっくりウイスキーを飲むのが好きなワイには、たまらんわ。この冬は部屋を暗くして、暖炉の動画を流しながら一杯やってみよかな。
9. ダルモア|ボトルの鹿は、王さまを救ったごほうび
ダルモアのボトルには、立派な角を持った銀色の鹿が付いとる。
ただの飾りかと思いきや、実は王さまの命を救ったという、750年以上前の伝説がもとになっとるんや。
1263年、スコットランド王アレクサンダー3世が鹿狩りをしとったときのこと。
王が馬から落ちたところへ、怒った鹿が突進してきた。
このままでは王が危ない!
そこへ飛び込んできたのが、マッケンジー一族のコリン・オブ・キンテイルや。
コリンは槍で鹿を仕留め、王の命を救ったと伝えられとる。
王はお礼として、角の先が12本に分かれた「王家の鹿」を、一族の紋章に使うことを許した。
それから約600年後の1867年、マッケンジー一族の子孫がダルモア蒸溜所の経営に関わるようになった。
1891年には蒸溜所を買い取り、一族の鹿がダルモアの象徴になったんや。
750年以上前に王さまを救った鹿が、いまは世界中で売られとるダルモアのボトルに付いとる。
▶ ダルモアがあるハイランド地方の話はハイランドの解説へ
10. サントリーオールド|寿司屋と天ぷら屋を狙った「二本箸作戦」
丸っこいボトルから「ダルマ」の愛称で親しまれとるサントリーオールド。
1970年代、サントリーはこのウイスキーをもっと売るため、ある作戦を始めた。
その名も「二本箸(にほんばし)作戦」や。
狙ったのは、寿司屋、天ぷら屋、割烹などの和食店。
当時、こうした店で飲むお酒といえば日本酒が中心。ウイスキーを置く店は少なかった。
そこでサントリーは、和食の店にもオールドを置いてもらおうと売り込んだんや。
作戦名の「二本箸」には、2つの意味がある。
お箸を2本使う和食の店と、当時サントリーの東京の拠点があった「日本橋(にほんばし)」をかけた名前なんや。
そして、この時代にオールドの売り上げは大きく伸びた。
1970年には年間約100万ケースやった販売量が、1974年には500万ケース、1980年には1240万ケースにまで増えたんや。
わずか10年で、12倍以上。
洋酒のウイスキーを、日本酒が中心の和食の店へ売り込む。
なかなか思い切った作戦やったんやな。
▶ 味の話はサントリー オールドのレビューへ
11. カバラン|台湾の2年ものが、スコッチを飲み比べで破った!
2010年、スコットランドで開かれたウイスキーの飲み比べで、思いがけない結果が出た。
優勝したのは、本場スコッチではなく、熟成約2年の台湾ウイスキーやったんや。
そのウイスキーが「カバラン」。
舞台は、スコットランドのリースにある古い酒場。
イギリスの新聞『タイムズ』が、詩人ロバート・バーンズを祝う「バーンズナイト」に合わせて開いた企画や。
飲み比べの方法は「ブラインドテイスティング」。
銘柄を隠して飲み、味や香りだけで評価する方法やな。
実は、新聞社にはちょっとした狙いがあった。
当時発売されたばかりのイングランド産ウイスキーをこっそり混ぜて、審査員を驚かせようとしたんや。
並んだのは、3年もののスコッチと、そのイングランドのウイスキー。
そこに加えられたのが、台湾のカバラン。
しかも、まだ2年ほどしか熟成してへん若いウイスキーやった。
ところが結果は、カバランが1位!
4人の審査員による評価で、40点満点中27.5点を獲得した。
審査員のひとりでウイスキーの専門家でもあるチャールズ・マクリーンも、結果に驚いたという。
台湾はスコットランドより暖かく、カバランはその暖かさで熟成が早く進むと言うとる。
イングランドのウイスキーで審査員を驚かせるつもりが、台湾のウイスキーが1位になってしまった。
新聞社の人らも、予想外やったやろな。
▶ この蒸溜所の定番の1本:カバラン クラシックのレビュー
12. なんでスコッチは3年以上寝かせなアカンの?
スコッチウイスキーには、樽で3年以上熟成させなアカンという決まりがある。
たとえば、スコットランドで造ったウイスキーでも、熟成2年では「スコッチウイスキー」と名乗られへん。
実はこの決まり、最初からおいしいウイスキーを造るために決められたわけやないんや。
きっかけは、第一次世界大戦中の1915年。
当時のイギリスでは、お酒の飲み過ぎが問題になっとった。
財務大臣のロイド・ジョージは、お酒が戦争に悪い影響を与えとると考えとった人物や。
そこで、お酒をすぐに売れないようにするため、一定期間の熟成を義務づける法律ができた。
当時は、若いお酒ほど酔いやすいという考えもあったんや。
最初の決まりは2年以上。
それが翌1916年には3年以上に延びた。
この「3年」という数字が、今のスコッチウイスキーの決まりにも残っとるんや。
ちなみに、ジョニーウォーカー レッドラベルのように年数表示のないスコッチも、中に使われとる原酒はすべて3年以上熟成しとるで。
お酒の飲み過ぎを減らそうとして作られた法律が、100年以上たった今もスコッチの基本ルールになっとる。
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品揃え豊富な専門店なら、レア銘柄や限定品も見つかりやすいで。価格を比べる時の選択肢に入れてみてな。
▶ 武川蒸留酒販売(山梨の洋酒専門店・品数豊富でコスパ◎)
▶ MALKS(モルクス)(ベルーナ運営・希少/限定ボトルに強い)
📰 当サイトのガイド記事:ウイスキーを安く買う方法|5大通販ショップの賢い選び方
まとめ|ウイスキーの話は、思いもよらんところにつながっとる
沈んだ船から、ウイスキーをこっそり運び出した島の人たち。
国防機関から蒸溜所に届いた不思議なメール。
魔女の短い肌着から名前が付いたウイスキー。
ウイスキーの話は、お酒とは関係なさそうな歴史や出来事につながっとるのがおもろいところや。
今度カティサーク、ダルモア、ブラックニッカを見かけたら、ラベルに隠れた話も思い出してみてな。
知っとる話がひとつ増えるだけで、いつもの一杯もちょっと楽しくなるで。
第5弾でも、誰かに話したくなる豆知識を12個集めてくるわ。
🗣️ マッサンの一言
ワイは次に酒屋さんでダルモアを見かけたら、ボトルの鹿の角を数えてみるつもりや。王さまの命を救ったごほうびの、12本に分かれた角。今まで何気なく見とったボトルも、由来を知ると見方が変わるもんやな。
公式情報・参考リンク
📰 蒸溜所・メーカーの公式サイトと、参考にした記事
- Wikipedia:SS Politician
- Scotchwhisky.com:The true story behind Whisky Galore
- 現代ビジネス:ジャパニーズウイスキーの歩み(白札)
- サライ.jp:国産ウイスキーづくりに挑んだ竹鶴と鳥井の功績
- 雑学ネタ帳:ジャパニーズウイスキーの日(4月1日)
- サントリー:サントリーウイスキーホワイト
- Business Insider Japan:サントリーウイスキー100年
- Foynes Flying Boat & Maritime Museum:The Origin of Irish Coffee
- IrishCentral:The Limerick chef who poured whiskey into coffee
- Wikipedia:Irish coffee
- Wikipedia:Stanton Delaplane
- BBC News:US spies monitor whisky plant
- WIRED:Pentagon Agency Monitors Whiskey of Mass Destruction
- The Whiskey Wash:How Jim Beam Survived Prohibition
- Distillery Trail:A Timeline of Jim Beam Bourbon
- ジムビーム:Jim Beam Repeal Batch
- Wikipedia:Cutty Sark (whisky)
- Royal Museums Greenwich:Why is the ship called Cutty Sark?
- Royal Museums Greenwich:History of Cutty Sark
- @DIME:ブラックニッカの「ヒゲのおじさん」
- グルメ Watch:ブラックニッカ70周年
- Nonjatta:A mysterious bearded fellow
- Scotchwhisky.com:Lagavulin creates Yule Log parody
- Rolling Stone:Watch Nick Offerman Drink Whiskey, Sit Silently by Fire for 45 Minutes
- Wikipedia:Lagavulin distillery
- The Whiskey Wash:The Dalmore Stag
- VinePair:The Dalmore
- Nomunication:Review: Suntory Old
- Paul Fraser Collectibles:Taiwanese whisky beats Scotch on Burns Night weekend
- Daily Maverick:Taiwan makes better whiskey than Scotland, Ireland, England
- UK Signboards(通信社の記事の転載):Taiwanese Scotch the best
- A Little Different Perspective:Judgement of Leith
- Scotchwhisky.com:Whisky and maturity: why three years?
- SLTN:The government’s history with our distillers
※内容は本記事執筆時点のもの。
最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

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